天正少年使節団の記録 (Wikipediaより 京都大学図書館蔵) |
この頃(16世紀頃)のリスボンは日本と深い関係にあったわけではなく、南米、アフリカ沿岸部、アジア海洋地域とつながる玄関になっていました。キリスト教の布教と香料貿易の独占を目指して、野心的な航海が続けられる、非常に活気のある都市だったようです。
リスボンの風景 (Wikipediaより 著者はこちらを参照) |
しかし、次第に世界の覇権はイギリスへと移り、ブラジルからもたらされた黄金も大半がイギリスへと流出してしまいます。しかし一部の富は国内での豪華な建築へと向けられ、現在もリスボンに残る、サン・ヴィセンテ・デ・フォーラ修道院やサンタ・エングラシア教会は堂々とした建築物になっています。そうした反映の名残と人々の生活が入り混じったリスボン市街は非常に魅力的な観光地になっていると思います。
リスボンへは国内からの直行便がなく、ロンドンやパリなどを経由するのが一般的です。そのため所要時間は18時間ほどかかることも珍しくないようです。